インナーチャイルド②

インナーチャイルド

私は子供の頃、給食を完食できない子でした。

小学生の息子も給食は苦手なようで、いつも量を減らしてもらっているようです。

しかし私の子供時代は、量を減らしてもらうことなんて出来ませんでした。

『完食できるまで遊んではいけません』

先生にそう言われ、いつも休み時間の最後まで給食とにらめっこしていました。

その記憶は幼稚園時代にまで遡ります。

私は苦手な給食を前に半べそ状態です。大きく切った人参も、硬くて飲み込めないお肉も、どうやっても食べられるとは思えなかったのです。

追い詰められた私はあることを思いつきます。

”床に落としてしまえば食べなくていい”

これは子供心に名案に思え、私は実行しました。

そしてうまくいきました。

私は度々この方法で、先生の目を盗んでは嫌いな食材を捨てていました。

皆さんはこの話を聞いてどう思われるでしょうか?

「給食をわざと捨てるなんてよくない」「そんなズルい方法を子供の頃に覚えるなんて」

そう思われて当然でしょう。現に私自身もそう思っていました。

私は悪いことをした、私はダメな子だ

それは知らず知らずのうちに私の自己肯定感を下げていました。

子供時代の些細な過ち、と片付けてしまうこともできます。

しかしその影響は自分が考える以上に大きいのです。

私のインナーチャイルドは確実に傷ついていました。

しかし、悪いことをしてしまった、という罪悪感から私はそれを放置し続けてきたのです。

では、どうやってこのインナーチャイルドを癒せるでしょうか。

正直言うと、私はこの体験を軽く捉えていました。

そして大人の目線で、”悪かったのは私なのだから”と納得していました。

しかし最近、YouTubeである方のカードリーディングを見ていた時に(テーマはインナーチャイルドではありませんでした)こんな言葉を言われたのです。

『あなたは悪くなかった』

カードリーディングは不特定多数の方へ向けたものです。

ですが私にはこの言葉が自分へ向けられたもののように感じられました。

一気に幼稚園時代の自分の感情が蘇りました。

大きな人参を前に途方にくれる幼い私が、カードの絵柄とぴったりと重なったのです。

――そうか、私は悪くなかったんだ。

今まで私はずっと大人の目線でこの出来事を振り返っていました。

しかし、たった一言のこの言葉をきっかけに、私は当時の幼い私に寄り添うことができたのです。

幼い私は傷付いて拗ねていました。

私が”彼女”をずっと放置していたからです。

はじめて私が彼女の気持ちに寄り添えた時、私は涙が止まらなくなりました。

私は悪くなかった。

私は悪くなかった。

何度もこの言葉を噛み締めて泣き続けました。

私の中でひっそりと存在し続けていた幼い私が、笑顔になってくれたように感じました。